とうとう新聞に掲載されなかったエッセイを紹介します。

四万十川に癒されて
来年のことを言うと鬼が笑うという。私の岡山の全盲
友人は今年の旅行を終えたばかりなのに、来年の企画に
取り掛かっている。その旅行は、中国、四国地方が中心
で毎年行われている。夫と私もその仲間に加えてもらっ
ている。今年は高知になり特急貸切の往復で一泊二日の
日程で実施された。高徳秋水を市として検証し保存展示
している図書館を訪れた。大逆事件の真相など改めて知
りえた。幸徳秋水の墓前に参った。よく市民によって手
入れされていた。墓石に触ると、ゴツゴツしていた。幸
徳秋水と大きく彫られた文字をなぞった。時代の変化に
よって、大罪人が、郷土の誉れになっていることに感動
した一瞬だった。反面逆走している現在への不安をかく
すことはできなかった。場面が変わって、桂浜で一泊し
たが、夫と二人、誰も居ない砂浜で海の歌を歌った。悲
しいことに、二人とも歌詞をちゃんと覚えていない。そ
れでも、静かな海に向かって、潮風とオゾンをたっぷり
吸って、私たちは歌いつづけた。四万十川の船くだりは
翌日だった。船の中では、うなぎと鮎を焼き、ゴリや川
えびの天ぷら、すしを味わった。川風に吹かれ、ゆった
り流れる四万十川に身を任てていた。うなぎを捕ってい
る80歳の「きっさん」の近くに船を寄せてもらった。私
は船から身を乗り出して、四年目の天然うなぎに触り、
握ってみた。思ったより小さく、ぬるぬるではなくする
するしていた。周りは、はらはらしていたらしい。私は
、何にでも挑戦したがる性格なので、ちっとも怖くはな
かった。川の水を飲ませてもらった。しょっぱくてうま
みさえあった。川の色は、プランクトンが豊富なので緑
色なのだそうだ。四万十川にはダムが無いために、少な
くなったとはいえ、小動物が生息しているという。組合
によって、その区域は保護され、生命が育まれている。
周辺の人々はみな明るく、汲んでもらった水から命を分
けてもらって癒された思いがしみじみと湧いてきた。こ
の旅行は視覚障害者を支えてくれる方々が実費で参加し
てくれる。見える、見えないはどこかに行って、皆一体
となって溶け合うという不思議な雰囲気をかもし出して
くれる。私は癒され、ゆとりを取り戻した。凝固しきっ
たストレスもどこかに霧散してしまった。来年を待ち焦
がれる私の耳には、鬼の笑い声が聞こえる

小田嶋 保子  65歳  無職

花巻市 下幅 4−10

郵 025−0068

電 0198−24−5213