イライラ戦争
イライラ戦争
1980年代、石油をめぐって、イランとイラクが、国境線での争いで、戦争となった。
ソ連と米国の、代理戦争でもあった。
当時は、大国の覇権主義が、一部の国の勝手な利潤追求に走り、後進国たる国々に勢力拡大のため、軍事力を振るって、人々に「戦争」という名の殺人で報い果てしなくそれを、繰り返していた。
そのころ、やっと、国際情勢に目を向けるゆとりができてきて、
新聞のみならず、月刊誌ででも、学習に熱中したものであった。
国連の介入で、終戦となったが、それ以降も、かつて「ペルシャ」といわれた文明発祥の地で、「心の糧」でもある「宗教」が、根深く影を落とし、「互いに、排除」するそして「攻撃」するという、いかにも、人間らしい方向に進んでいる。
今時「イライラ戦争」などを、覚えている人はすくないであろう。
「湾岸戦争の美しい攻撃の映像」だけでしか戦争を知らず、実際の戦争は、人殺であり、「生臭く、殺し合い」なのだという認識は、若者から、だんだんと、消えてしまったようである。。
「架空の世界」に、人は、多かれ少なかれ生きている。
実際にあった「いらいら戦争」も、それ以降続く戦争で、影が薄くなっている。が、その戦争に、私は、人と人との係わり合いの本質を見る。
特に、夫婦関係こそ、このイライラ戦争」そのもののようだ。
一個人として生を得て、その人固有の文化を培って大人という人になる。
そして、身近な隣人として、互いに誉れなき宝を有しながら、一つの文明たる家庭を築く。
が、所詮他人同士。ある時、気付く、「両者の間に、両者を隔てる川があることに。
互いは、「自分こそ、源流なり」と主張しあい、
両者共に「我が強く、譲ることを由としない」人物同士であった場合、まさに「イライラ戦争」に突入してしまう。
それは、男と女、果ては、晴眼者とめくらの戦いとならざるを得なくなる。
まさに「ソ連と米国、の代理戦争」である。
「男と女」「健常者と障害者」「若者と老人」「生と死」
あらゆる対立が、生活の中に潜んでいる。
「女、障害者、老人」が、譲れば、事無く、穏やかな日常が保障されるのだろう。
私は、その、三社を有して現在がある。
不幸にも、私には「夫たる人物に居住地を譲ってまで、円満を求める努力は、もはやできない。
同様に、夫たる人物も、三要素を有する配偶者を理解する度量はなく、むしろ、防衛と攻撃あるのみである。勿論、非は、相手にあると断固言い切る。
これこそ、まさに「イライラ戦争」そのものである。
文明の発祥の地は、互いに譲ることなく、戦火を拡大し、名こそ異なれ、その地では、戦争は絶えない。
「代理戦争」から、一歩抜け出して、本来の姿で、相対したとき、そこには、何が、どんなことが生じるだろうか?
「男も女も」あらゆることを捨てて、たった一人の「人」として対面する、そんなことが、果たしてできるであろうか?
自分は、夫以外には、ただの「人」として存在することができる。
なぜ、夫には、ただの「人」でありえないのだろうか?
わからない。
当分、互いにイライラしながら、相手にストレスを与えながら「イライラ戦争」は続きそうである。
じっくり、自分の生き方を見据えなければならないのだろう。