たがの外れた人生

生まれた時はちゃんとたががはまっていたらしい。夜盲
に、親が築いたのは、私が夜盲だと気づいたのは、私が
小額3年生の頃だったらしい。

そして、私の人生のたがはいずれ外れて、ばらばらにな
ると先刻されたようだ。

幸いにも二十歳ごろにはまだ弱視ですんでいて、仕事を
続けることは可能であった。

しかし、徐々に緩んでいくたがは、人知れず私を苦しめ
つづけた。

努力の人を演じ続けて六十余ねん、私は涙と歯軋をもっ
て、たおれそうで倒れない人生という芝居をつづけてき
た。

しかし、心と思想のアンバランスは、どうしてもちじめ
ることは不可能であった。

その時折に沸いてくる悔しさと悔恨は、何をもっても解
消することはなかった。

取り上げられる話題は、苦難にもめげずに、前向きに生
きている障害者のことばかりである。

人間、そんなに、容易にそのような生き方などできる訳
ががない。

ただの人でさえ、仙人になどなれる訳がないのとどうよ
うである。

けれども、自分も欠陥を認識して、それを補う努力は積
み重ねてきてはいる。

しかし、同居する、健常者である配偶者には、あれせい
、これせいなどとは、口が裂けてもいえるものではない。

遠慮しつつ、お願いするしかないのが、実情だろう。

けれども、御願いしたことが、その度にかなえられてい
ないことをしったら、頼んだほうは、人並みな反応が生
じる、

見える見えないの問題を超えて、文句のひとつも言いた
くなるのが人情だろう。

だからこそ、何度も御願いしていても、忘れられるので
は・・・
と口をすべらしてしまったのだ。

どうやら、それが、気に障ったらしい。

お前にそんなこと言われる筋合いはない!と、怒号に近
いことばで、返ってきた。

触られたくない自尊心が傷ついたのだろう。

分かってはいたけれど、常に、後回しにされ

公でも、勘定外に置かれっぱなしの人生では、こんなや
りとりでも、たが+が外れてしまうのだ。

もともと、失明して以来、私という人生を、ばらばらに
しないようにくくられていた たがは、とっくに無くな
っていて

死ぬまで自力で、自分の人生をばらばらにならないよう
に、たがをはめなければならない運命だとは分かってい
たけれど

人間関係においてこれほど困難なことはない、と年とと
もに実感するばかりである。

心も体も言うことを効かないのなら、もうこれまで、、
とピリオドをさえうちたくなる。

そうはいっても、子供やまごへの責任を、まだ果たして
いないので、そのことは

もう少し延期しようかなー?

でも、もうこれ以上、ちくちく刺す針のむしろの上に座
るのは、とてもじゃあないけど、我慢の限界なんだよね。

ぶち、愚痴、愚痴・・・